「音楽を続ける人に安くて質のいい防音マンションを届けたい」。施工と仲介を知る(株)インフォレントが見る防音マンションの今とこれから

音楽防音を専門に施工と仲介の双方から関わるめずらしい事業形態の企業がある。台東区浅草橋に本社を構える株式会社インフォレントだ。同社はこれまで、楽器可賃貸や防音マンションをつくる側と入居する側、双方の事情を知りつつ独自に専門性を築き上げてきた。代表取締役の工藤修氏を訪ね、楽器可賃貸や防音マンションの現状などをうかがった。

楽器により弾く人により違う音の大きさと、複雑な物件の防音性能

株式会社インフォレントは、これまで楽器が弾ける賃貸物件の防音施工からスタジオ・ライブハウスの防音・再生施工までを手がけ、同時に楽器可賃貸・防音マンションの仲介も行ってきた。今回カナデルームの取材にあたって、まず工藤氏は楽器の音への対応に気になる点があるという。

「防音マンションに入居したい方は、まず、自分が弾いている楽器が弾けるかどうかを気にします。でも、例えばアルトサックスの演奏者が来たときに、”アルトサックスの周波数や音圧”を聞いても答えられる人はいません。まずは楽器を弾く人すら音の周波数(ヘルツ)と音圧(デシベル)を把握していないのが現実です。さらに、サックスといってもアルトサックスもあればテナーサックスもあり、また、プロとアマチュア、ジャズとクラシックなどでも音の大きさは違ってきます」

「これらを一般の賃貸管理会社や不動産会社が理解して入居審査の可否を使い分けてはいません。ウェブ上に楽器音のデータがたくさん載っていますが、それでさえ、間違いを目にすることが多々あります。コンガが130デシベル、などとインターネット上でそれらしく表記されていますが、もし130デシベルが本当ならコンガの演奏者は全員、鼓膜が破れていることになります(笑)」

分類だけでも数百といわれれる楽器(参考:ウィキペディア「楽器分類別一覧」)。大きさも響き方も違うこれらを一括りにできないことは明白だ。となると、物件側にどのような防音性能が求められるのだろうか?工藤氏は防音性能の複雑な事情とインフォレントでの対応を教えてくれた。

「例えば一般的なアパートの間取りで防音室を作ったとしても、隣が防音室同士になっている場合もあるし寝室の場合もあります。1つめは隣戸間の防音性能がどうか。次はバルコニー(外)、ドア、外廊下、上の階、下の階。部屋は6面体ですから、この6ポイントに外廊下などを加えて7~8ポイントを測定することになります。しかし、仮に8ポイント測定していても、それを公開している事例は防音マンションでもほとんどありません」

防音マンション 騒音計
実際に使っている騒音計を見せてくれた。

「うちでは、楽器ごとに最低と最高の周波数や音圧を出し、昼・夜・深夜の3段階で分けて必要性能を逆算しています。その部屋の防音性能に応じてその楽器を演奏した場合、賃貸として許容範囲に入るかどうかを判断します。入居してからの騒音トラブルを防止するために重要なことは、防音室を無響室やレコーディングスタジオと区別できていない入居者さんが多いので、しっかりと現状を踏まえて説明し、演奏においても共同住宅としての時間や音圧への協力と理解を求めていく必要があります」

楽器や弾き方によって入居できる物件が絞られるという方式が確立された(株)インフォレント。では、音の器になる防音マンションはどのような施工になっているのだろうか?

予算に合わせたメリハリのある防音工事をアドバイスできる人がいない

「そもそも音楽賃貸に基準自体はありませんので、防音マンションと呼ばれるものも様々です。例えば、防音サッシならガラスの厚み、2重、3重、複層、合わせガラス、樹脂、アルミなどの違いがあります。遮音シートで防音しているケースでも天井には0.5~10ミリ程度まで差があります。床、天井、壁も二重にするだけでなく、制振性、遮音性、吸音性、性能バランスを考慮して設計しています。誰に対して、どこに対して防音したいのか、それは必要なのか?を問いながらの作業になります」

このように”必要に応じた防音性能を施工すること”がインフォレント独自のやり方だ。ところで防音マンションには、マンション建設時から施工するものと、一般マンションを防音マンションに施工するものがあるというが…。

「賃貸物件で最初から防音マンションとして造っているケースは少ないのが現状です。その理由は、防音施工に高いコストがかかるからです。リフォームなら4.5帖なら450万円、8帖なら800万円といったところが相場です。依頼者は一般に防音施工をする場合には性能保証を設計時に求めてきます。業者側でも第三者機関での検査で引っかからないように、これでもか、というくらいの防音をして対応しています」

「でも、例えばマンション最上階にある物件の天井は、ほんとうに防音する必要があるでしょうか?誰に対して?何のために?
やるところはやる、やらないところはやらない。実はそのメリハリの効いた防音施工を設計士や工務店さん、大工さんに対してアドバイスができる人が必要なのです」

防音マンション
防音施工のコストについて、工藤氏は丁寧に解説してくれた。

「防音施工の専門業者になればなるほど、”天井も壁も床もフルスペックで施工しないと性能保証できない”のです。新築時にマンションを丸ごとフルスペックで施工しようとすると、戸あたり6帖の防音室想定で500万円、トータルで防音のための追加費用が5千万円とか2億円とか、かかってしまいます。投資回収に20年かかってしまいます」

「コスト問題が壁になって防音物件が増えない、それが、私たちがこの分野でやってきて気付いたことです。だから、”賃貸で採算の合うコスト=戸あたり200万円以下で賃貸での防音性能を満たすものを造るには、どうしたらいいのか?”という問いに答えを出す。そのために独自の研究と開発の道を歩んできたのです」

高くていいものは当たり前。ところが安くていいものとなると工夫や研究が必要となる。つまり、(株)インフォレントの「独自の道」とは企業努力に他ならない。
ところで現在、東京近郊の楽器可賃貸は5%前後、防音マンションの割合はその100分の1、つまり0.5%程度といわれている。現場では楽器可賃貸と防音マンションの物件数についてどう感じているのだろうか?

防音マンションのオーナー喚起とマーケティングについて

「現在の防音マンションの需給関係は、音大周辺は五分五分、全体的には供給不足です。もともと防音物件自体の絶対数が少ないので、需要だけ喚起しても成り立たないと考えています。例えば3件しかない物件に30人の集客をしてしまうと家賃がどんどん上がってしまい、本当に必要とする人に届かなくなります」

「我々防音マンションを取り扱っている業者が感じていることは、絶対的な物件数が足りないなかで、誰にこの部屋の情報を届けるべきか、ということです。この機会に、”防音マンションをもっと造ろう”と、オーナーさんへ喚起できれば幸いです。供給量が増えれば安くいいマンションをもっと届けることができます。我々は防音の技術とかコストダウンを開発してきているので、現実的なアドバイスをすることで貢献したいと思っています」

適正な家賃をキープしつつ物件数を増やす。これが防音マンション供給の課題といえそうだ。となると実際、「どんな防音マンションをどこにつくるのか」が問われるが…。

「防音マンションを企画するというと、音大周りにある”女子・音大生・グランドピアノ”といったイメージを持つ方がほとんどです。しかし、音大周りの楽器可物件は昨日今日にできたものではなくて約30~50年の間で需給関係のバランスがすでにある程度、取れています。例えば、防音マンションを家賃13万円で出しても、音大生には手が届きません。家賃13万円の防音マンションに入居できるのは社会人のディンクスやカップル、もしくはエリートサラリーマンとなります。
音楽で稼ぐことが難しい時代に、貧乏しても歯を食いしばって生き抜いている音楽家に、なんとしても手の届く賃料帯で防音マンションを届けてあげたい、そう考えています」

「また、造る側もあまり”グランドピアノ”や”学生”にこだわらない方がいいと思います。グランドピアノは各音大でも専攻で各学年50~100人程度です。音大10校集めても500~1,000人にしかなりません。でも、他の楽器を演奏する人はもっと何倍もいます。現役の音大生は楽器演奏する人の総数に比べればほんのわずかです。企画者、オーナーさん、建設会社、設計士さんが実際の市場を誤解しているところでもあります。もっとマーケットを素直に見る必要があります」

仲介・施工それぞれの現場を知る工藤氏の視点は非常に的確だ。(株)インフォレントの事業には「音楽家に寄り添いたい」という工藤氏の思いがずっと根底にあり続けていることが分かった。
今回の取材からカナデルームも、楽器可賃貸、防音マンションを本当に必要な音楽家たちに届けるお手伝いができれば、と改めて思った。

防音マンション
社内にある商談もできる防音室。工藤氏は電子ピアノを弾いて防音性能を体感させてくれた。

この記事を書いた人

編集部 中根
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