長年、音楽制作のレコーディングといえば、バンドメンバーやスタッフが何人も集まり、長時間スタジオにこもって行うのが定番でした。
しかし、近年は安価で高品質な録音機材の普及により、自宅で機材を揃えて録音を行う「宅録」や、パソコンと音楽制作ソフトだけで音楽を制作するDTM(Desk Top Music)など、音楽制作をDIY(Do It Yourself)で行う方法が広く浸透しました。
また、2020年からのコロナ禍によって、複数人でスタジオに集まってレコーディングを行うことが難しくなったため、自宅で各メンバーが自分のパートを録音し、それらをミックスして音源を完成させる「リモート・レコーディング」のスタイルを取り入れるバンド・が増えてきました。
今回、カナデルームMAGAZINEでは、コロナ禍の中、実際にリモート・レコーディングを行ったバンド「丸い月の下(愛称:丸月)」の皆さんにインタビューを行いました。リモートならではの苦労や工夫したポイントなど、ヒントが詰まった体験談をご紹介します。
(※本記事で「丸い月の下」が語ってくださったレコーディングによって完成した作品が、この記事の公開日である2021年10月20日(水)にリリースされます!記事の最後にバンド・作品情報がありますので、ぜひチェックをお願いします。)
ライブ中心の活動から一転、コロナ禍がリモート・レコーディングのきっかけに
「丸い月の下」は2010年にakino(ボーカル)、ヒロユキ(キーボード)の2人が結成した音楽ユニット。ソウル・ファンク・R&Bなどのブラックミュージックや国内外のポップスなど、幅広いジャンル・年代の音楽をバックグラウンドに、オリジナル楽曲の作曲と演奏を行ってきました。東京・神奈川のライブハウスやバーなどでの演奏を中心に、沖縄や金沢、福岡での演奏の経験もあるそうです。
Q:活発にライブをされていた丸い月の下が、今回、リモートでのレコーディングを行ったのにはどのような経緯があったのでしょうか?
akino(ボーカル) きっかけはやはり、コロナ禍でライブがなかなか思うように出来なくなったことですね。もう5〜6年前からお客様からの「音源が欲しい」という声をいただいていたのですが、ライブ活動や楽曲制作に明け暮れるうちに月日は流れ……。丸い月の下でのレコーディング経験がなかったこともあり、沢山あるオリジナル曲の中から選曲する難しさや音源化の期待値を考えてしまって、なかなか重い腰を上げられずにいました。
ヒロユキ(キーボード) 変化があったのは今年の4月くらいでしょうかね。結成10周年が過ぎたこともあり「やっぱり何か形に残したいよね」という話をするようになって。
akino そうですね、コロナ禍の中でユニットの節目を迎えて、自分の中での音楽の意味を考えたり、こんな時こそ長年待っていてくれたお客様の期待に応えたいという気持ちが日に日に強くなって、レコーディングへの決心が固まりました。
Q:苦労の多いコロナの流行でしたが、それがレコーディングのきっかけになったということですね。それでは、次に今回のレコーディングの曲数と期間、参加メンバーについて教えてください。
ヒロユキ 今回のレコーディングには普段のライブでサポートしていただいている有瀧敬之(ベース)、山田裕太(ギター)、武田達志(サックス)、宮川剛(ドラム)の4人に参加していただいています。収録曲は7曲で、レコーディング期間は半年くらいですかね。ずっと携わっていたわけではないですが…。実質的にかかった時間は2ヶ月くらいだと思います。
リモート・レコーディングで見直した録音環境。部屋の防音対策や雰囲気作りも重要だった
Q:総勢6名のそれなりに参加人数も多いレコーディングでしたが、どのような流れでリモート・レコーディングを行ったのでしょうか?
ヒロユキ レコーディングする楽曲はバンド編成のアレンジがメインでしたが、二人のユニットをまず基本に置きたいということで、最初はクリックに合わせてスタジオでデュオ編成でのデモ録音をしました。そのデモ録音をレコーディングのメンバーに渡して、各自が持っているDAW(Digital Audio Workstation:パソコン上で使う作曲ソフトのこと)に読み込んでもらい、各パートの肉付けをお願いしました。このとき難しかったのは、各自のDAWにはそれぞれ使っているパソコンや録音機材によって微妙なバラつきがあって、それによりピッチとかが変化してしまう恐れがあったことですね。そのため、事前に音源を録音する際の基準(サンプリングレートやbit幅、テンポ)を決めておいて、メンバー全員がそれぞれの環境で録音しても音質などのズレが出ないように工夫しました。そうやって一通りのバックトラックを作って、歌とサックスだけスタジオを数日借りて録音を行いました。このときはマスタリングまで携わってくださった永見さんという方に録音のエンジニアをお願いしました。
Q:やはり普段のレコーディングとは違う工夫が必要なんですね。自宅での録音をする際に工夫したポイントなどはありましたか?
akino 2人でスタジオで録ったデモを聴いてみたら、自分のボーカルがライブ感の強い歌い方になってしまっていて、イメージと違ったので自宅で録り直すことにしました。現在はマンション住まいです。防音性は割と高いマンションなんですが、防音マンションとは謳っていないので、朝・夜の時間帯は避けたりと、音量などには気を遣いながらの歌録りになりました。自宅でレコーディングしてみて、改めてお部屋の防音の重要性を感じましたね。
akino あと、録音の際は、なるべく自然体で録れるように楽な服装にし、目を閉じて情景を思い浮かべながら歌うようにしていました。歌録りのリモート・レコーディングではサイドテーブル(水やお茶がすぐ飲める)と譜面台、マイクスタンド、マイクケーブルなどがあれば十分で、あまり大袈裟な録音環境にならずに済んだので、慣れ親しんだ空間でリラックスして歌えました。
余談ですが、レコーディングへの恐怖を消し去る為に、とにかくtiny desk concert(米ラジオ局が制作しているYouTubeチャンネル)の動画を見まくって、テンションを上げました!(笑)
Q:本番さながらに歌ったり、演奏するとなると、防音や雰囲気作りはひとつのポイントかもしれませんね。次に、レコーディングで使った機材について教えてください。また、直球の質問で恐縮ですが、機材を揃えるのにはお金は結構かかりましたか?
ヒロユキ 個々の自宅での投資はあまりなかったのでは?と思います、個人器材への投資はわからないですが(笑)。自分としてはあまり良いアコースティック・ピアノの音源を持っていなかったので、安いやつですが数千円のソフト音源を購入しました。初めのデモ録りではZOOMのR8というデジタルのMTR(Multi Track Recorder:多重録音機)を使いました。自分で録音する際には、上がってきた各メンバーのトラックをZOOMのR16(R8の上位版)に取り込み、それらのトラックに合わせて弾く&録音するという昔ながらの形で行いました。
有瀧敬之(ベース) 自分はベースからMANLAYのDI(ギターやベースから直接ミキサーやインターフェース等の音楽機材に接続するための機材)を通し、behringerのU-PHORIA UM2というオーディオ・インタフェース(楽器で演奏した音の情報をパソコンに取り込むための変換器)でパソコンに音を送り、Logic Pro(DAW)で録音・編集を行いました。ベースというと、一般的に低音が近隣への騒音になりやすいイメージが強いのですが、実際は機材に繋いだヘッドフォンで音を聴くことができます。部屋自体にはほぼ音を鳴らさずに演奏・録音できるので、特に防音などは気にせずできました。
山田裕太(ギター) もともと、簡単な宅録機材はありましたが、コロナ禍でレコーディングの案件が増えたこともあり、見直しを行いました。主に変えたのは、オーディオインターフェースとアンプシュミレーター(ギターアンプの音色を再現するための機材)の2つですね。
まず、オーディオインターフェース。M-AUDIOのものからAUDIENTの「iD4」というものに変更しました。操作がシンプルだし録れ音が良いです。アンプシミュレーターは、Logic Pro付属のものや、IK Multimedia「AmpliTube 4」などあまり費用をかけずに済むソフトウェア音源(っていうんですか?)を使っていましたが、Strymonの「IRIDIUM」というエフェクトペダル型のアンプシミュレーターに変更しました。
ソフトウェアでも良い音は作れると思いますが、操作が直感的ではないのと、音が硬い印象が拭えず。IRIDIUMはつまみが少なくシミュレーション(再現)できる音がすくないものの、音がリアルで直感的で好きです。パソコン画面を見ながらマウスを使って細かいツマミをいじるのではなく、厳選された手元のツマミで本物のアンプのように調整できるのが良いですね。ストレス皆無。これらの機材の見直しで、音作りにかける時間が大幅に減り、アレンジに集中出来ました。
リモート・レコーディングの特徴は時間の制約がないこと。逆に、対面の良さを感じる部分も
Q:自分で録音環境を作る分、こだわりのポイントも色々出てくるようですね。今回リモートでレコーディングしてみて、対面でのレコーディングと違う部分はありましたか?対面と比べて良かった点、大変だった点があれば、それぞれ教えてください。
ヒロユキ 良かった点は制約時間がないことでしょうね。ライン録音なので。ただそれだけに出口というかゴールを自分が決めないと終わらない…。ありがたいことなのですがメンバーそれぞれが拘りをもってトラックを録音してくれています。
山田裕太 リモートなので、「いつまでに」というのはおおまかに決まってるものの、「いつ手掛けるか」は自分次第なんですよね。
今回は1曲あたり 2〜3時間かけて、のんびり出来ました。いつもライブでやってる曲ですが、同じように弾く曲もあれば、今回あらたにアレンジ加えたものもあるし、インスピレーション降りてきたら弾くっていうこともありました。
逆にリモートだと時間が際限ないのが大変な部分かも。音作りやテイクは永遠にやれちゃう。アレンジやテイクに迷ったときにその場で他のメンバーの意見を聞けないのもリモートならではの不便なところ。なので、アレンジに関しては、ラフテイク弾いてラフミックスしてメンバーに聴いてもらいそのフィードバック受けて本番テイク弾いてました。ラフテイクがそのまま通ることもありました。
ヒロユキ これは、自分も含めてですがアレンジの確認やトラックの差し戻しを繰り返してしまい時間をとられてしまったところが多いかと。ただそれだけみんなが妥協の少ない音を詰め込んでくれたので、いとおしい音源になっています。
Q:スタジオでのレコーディングの場合、部屋を使える時間に制約がある分、思い切って「これで完成!」と言えてしまうのが実は隠れた良さなのかもしれませんね。各パートでの感想はいかがでしょうか?
akino 個人的には、対面のほうが、やはり意思疎通は断然早いと思いました。対面と比べて良かったのは、ボーカルの私自身は、メンバーが先に録ってくれた音源を何度も何度も聞くことができましたし、歌い方や表現の仕方が自分の中で明確になったことですかね。
武田達志(サックス) 自分としては、リモートのレコーディングに関しては、過去のレコーディングでも経験があったので、違和感はありませんでした。むしろあがり症なので対面一発録りでなくて助かりましたね。自宅での演奏が難しいサックスということもあり、今回は個別にスタジオでの録音となりましたが、仮に宅録りが出来たのなら、より時間をかけて曲に向き合えたかなと思います。
山田裕太 ギタリストの人はよくわかると思うんですが、機材面ではセッティングを維持するのが大変でした。全部ソフトウェアで完結すればまだ良いんですが、外部エフェクター使ってるんで他の曲とかやってるとツマミの位置が変わっちゃう。ラフと本番の間で時間が経つと弦の状態も変わっちゃうし。エレキ・ギターは問題ないですが、アコギの録音には気を使いました。コンデンサーマイク(超高感度のマイク)がメインなんで、階上の生活音とか窓の外の音とかが結構入ります。あと、部屋鳴りが困ります。なので、布団・マットレスを立ててギターを囲み、窓を塞いだり、フローリングに毛布を敷き詰め、あえてクローゼットも開けっ放しにしデッドな環境を作りました。布団は宅録にあると便利ですよ。
ヒロユキ 最後に、鍵盤に関しては演奏の生っぽさを損なわないよう、タッチのニュアンスや音の響きを忠実に録音しています。音の残響が長いこともあり、基本的に打ち込みやPunch in/out(音源の部分的な切り貼り修正)なども行わず、失敗したら最初から弾きなおしたりしていました。酷いものでは100回くらい弾いた曲もあります(笑)。おかげで譜面見ずに弾けるようになりました(笑)。
丸い月の下はミディアムからスローの曲がおおくルバート(曲を演奏する速さを変えること)だったりリット(徐々に遅く演奏すること)だったりする箇所が多いのですがクリック基準だとそういうところのニュアンスを合わせるところが難しかったですね。対面でも同時録音とかでないと難しいと思いますが…。ライブリハで合わせたときの安堵感ったらなかったです。
Q:リモート・レコーディングをする上で参考になる情報が多くありがたいです。対面でのレコーディングとリモートのレコーディング、使い分けのポイントなどは何かありますか?
ヒロユキ 先ほども話しましたが、クリックで語れないニュアンスの部分は対面の方がいいかもしれませんね。ただその場合、せーので録音(同じスタジオで全員で演奏しての録音。演奏ミスなどがあると修正が難しい)になると思うので個人の技量が問われると思いますが…。(一番自分が怪しい(笑))
山田裕太 ライブで演奏に慣れていて、それを再現するような仕上げならリモートで全然OK。新曲やアレンジを変更したい曲はやはり、対面でディスカッションしながらレコーディングしたいですね。緻密なアレンジをしたい場合はリモートで。リモートで大事なのは、セルフマネジメント能力と、メンバーとしっかりしたコミュニケーションをとるための思いやりの心、そしてカナデルームですね。
リモート・レコーディングを終えて。丸い月の下の今後の予定や意気込み
Q:皆さんとても丁寧にお答えいただきありがとうございました。最後に、丸い月の下の音源のリリースや今後の活動への意気込みなどありましたら教えてください。
ヒロユキ 音源については一人でも多くの方に聞いていただけるように、しばらくはこのいとおしい音源を大事にしたいと思っています。ただ10年以上書き溜めてきた曲がまだまだあるので、機会があれば少しずつまた形にしたいなとは思います。このような時代なのであまり大々的なライブ…というわけにはいかないですがまずはレコ発という形のライブができればいいなぁと思っています。また二人のユニットということで機動力もあるので(笑)。いろんなところで行商、頑張りたいと思います。ありがとうございました。
akino まだレコ発等のイベントは日程が定めづらい状況にありますが、やりたいですね。個人的には、生まれたばかりのかわいいCDを沢山の人に聞いてもらいたいのはもちろん、すでに次の子を世に送り出したい気持ちです(笑)。レコーディングを経験した上で、新しい楽曲作りに対して心の変化もあったので、音源ならではの作り方もしてみたいと思ってます。なにせ、オリジナル曲が沢山あるので、今回選曲した曲のお客様の反応も非常に気になります。「私が好きなこの曲が入ってない!!」とか、色々な声が届くと思うので(笑)私からは以上です。ありがとうございました。
まとめ
今回は、リモート・レコーディングを経験されたバンド「丸い月の下」の皆さんにお話を伺いました。これからリモートでのレコーディングを検討されている方にはとても参考になる情報がたくさんあったのではないかと思います。
社会の様子が変わっても、こうして工夫しながら音楽を作り続けるバンドやミュージシャンの方々がいてくれるのは一音楽ファンとしても嬉しく、心強い限りですね。カナデルームでも、楽器を演奏できる・楽器と暮らせるお部屋探しのお手伝いを通して、音楽と音楽を愛する皆さんを応援していきたいと思います。
最後に「丸い月の下」の皆さんの活動・リリース情報をご紹介します。ぜひ、チェックしてみてくださいね。
丸い月の下の活動・リリース情報
丸い月の下『伝える。』[初回盤](全8曲・16頁ブックレット付)¥3,200(税込)
待望の1stアルバムをリリース。2010年7月の初回ライブから、2021年7月までに実に262回のライブを重ねてきたが、コロナ禍でライブ演奏がままならない状況の中、ファンの期待に応えるべく10周年を機に初のアルバム制作を行う。
100曲近いオリジナル曲から7曲を厳選した1stアルバム「伝える。」は、『丸い月の下』のキーワードである「満月」の夜、2021年9月21日、オフィシャルサイトのみでの予約販売開始し、同じく満月となる2021年10月20日に正式リリースとなる。レコ発ライブは、年末・年始を予定している。
丸い月の下オフィシャルサイト:https://www.marui-tsukino-shita.jp