防音室はこれまでは家でも気兼ねなく「楽器を練習する」という用途で求められることが大部分でした。
しかし、ステイホームの影響で楽器練習以外の用途にも使われることが増えています。
今回は昨今求められる防音室の新たな使い方などをお話します。
楽器練習
ステイホームの影響により家で楽器の練習をするという必要性が増えました。加えて、これまで昼間は不在にしていた家族、隣人やご近所も家で仕事をすることになったため、練習しにくくなったという悩みも聞きます。
特に家族間の騒音問題が顕著に現れ、これを機に部屋の一室を防音室したいという需要が増えました。
賃貸物件でも、組み立て式の防音室を導入したり、小さくても家の中で演奏できる空間を確保したりする需要はコロナ禍が始まってから格段に増えました。
レコーディング
従来本格的な機材が必要だった録音・録画は、スマートフォンやタブレットで簡単にできるようになりました。自宅の防音室がレコーディングルームになります。
昨今は自宅でレコーディングした録音や動画を編集し、YouTube等で公開するという手段をとる演奏者が増えました。レコーディングには外に音を出さないだけでなく、外から不要な音が入ってこないことが強く求められます。その点でも防音室の需要が増えています。
レコーディングには適した音響が求められます。気持ちよく演奏できるよく響くライブな音響よりは少しデッドな音響の方がすっきりとした音でレコーディングできます。
特に小さな部屋の場合、ライブな部屋では特定の音の増幅させる定在波が発生する可能性があります。自然な音でレコーディングするにはこのような定在波をなくすことが大切になります。並行面がある壁には吸音材を置くことで、定在波をなくすことができます。
レコーディングでは録音した音源に後から残響を負荷することもできるので、あえてデッドな空間にして生の音を録る、という方法を好む方もいます。
昨今の動向とオンラインサービス活用
Zoomや配信アプリなどオンラインサービスの普及に伴い、離れた場所で双方向のコミュニケーションができるようなりました。これを活用し、オンラインレッスンや授業というこれまでにないサービスが生まれました。
・オンラインレッスン・授業
音楽の先生のレッスン室と生徒の家をつないだオンラインレッスンが増えています。会議用アプリを使ったりSNSのコミュニケーションツールを双方で使ったりしながら、一方が演奏し一方が聴くという方法が可能になったためです。
遅延をできる限りなくす音楽専用のサービスが開発され、より生と同じようなレッスンを提供できるシステムは整ってきています。
ただし、よりよい環境で視聴するには、双方どちらにも同じアプリ・ソフトを使用できることに加え、それをストレスなく動かせる機器やインターネット回線が必要です。防音室にも有線LANの取り出し口が必要だというのは、最近では必ず要求されることです。
オンラインレッスンを使い、日頃は通うことのできない遠くの先生のレッスンを受けたり、日頃は忙しい方が在宅仕事の合間にレッスンを受けたりするなど、これまで不可能だったことも可能になってきています。
オンラインではまだまだ演奏のニュアンスなどは伝わってこないという意見もあります。アフターコロナでは対面のレッスンも増やしつつ、オンラインのメリットを使ったレッスンも残るのではないでしょうか。
・オンライン配信サービス
YouTubeライブやTwitCasting(ツイキャス)などを使うことにより、自宅の防音室から配信コンサートを行うことが可能になりました。これまでホールを予約して集客をするという一連の流れが全くなくなり、自宅がコンサートホールになるという、音楽界でも革命的な手法ができました。
大音量で配信するためには外に音が漏れないよう、また外からの騒音をシャットダウンするために防音室が求められます。そして、より高画質・高音質で配信するためには多くの機材が必要になり、安定した配信のためにインターネット回線の速さが必要です。また、防音室の内装に映りの良いデザインや配置が求められるようになりました。
音楽だけでなくゲームプレイヤーなど、音が気になるユーザーが防音室を使うことを検討する流れもあります。ゲーム実況など声を伴う配信はもちろんのこと、アーケードコントローラー等を使うとボタン連打音や衝撃音が響く可能性もあります。
eスポーツなどこれからオンラインゲームは発展していくと考えられ、ゲームも防音室が求められる分野でしょう。オンラインゲームは音楽よりもさらに速く遅延のない回線が求められ、光の有線LANを防音室の中にまで引く必要があります。
仕事部屋
ステイホームが要請されてから改めて求められているのが、仕事部屋としての防音室です。
コロナの中でオンライン会議が増大しました。仕事部屋を生活空間と切り離すことで集中力を高めたり家族間の騒音をシャットダウンしたりするために、楽器演奏者以外に防音室を求める方が各段に増えました。
楽器ほど高い遮音性はいらないため、押入れを改造して防音性のある書斎にすることも可能です。組み立て式など手軽に施工できる防音室も開発されています。
楽器用の防音室は遮音性能がD-35~D-40など必要なのに対し、話し声の場合はD-20程度あれば問題ないと言えます。遮音性能が低くても問題ないのであれば、それだけ防音室の壁が薄くなり、内部を広くつかえ施工も楽になります。
元来防音室は値段が高いという認識がありましたが、最近はリーズナブルな価格のものも増えています。
リーズナブルな防音室の場合、オンライン会議をする際は声が響きすぎないように壁に吸音材を貼るとより効果的でしょう。
また仕事で長時間過ごす部屋として音楽の防音室以上に住環境を整える必要があります。空調システムの完備、防音性能のある換気システム、作業に必要な照度が取れる照明計画が小さな空間でも必要になります。
少し広めの1室を防音室にすることにより、オンライン会議があるときは家族間で交代しながら会議室として使用している方もいます。すでに音楽用として防音室を持っていた方から、オンライン会議部屋に活用できて良かったとの声もあります。
育児部屋
赤ん坊の泣き声や叫び声が外に漏れるのを気にする方がいらっしゃいます。特に夜泣きなど突発的に起こり泣き止まない状態が続くときは、防音室があると外への騒音問題は安心です。
楽器のために防音室を作ったが、ある期間防音室に布団を敷いて寝ているという母親の話を聞きました。また来客などがあるときも防音室で育児をしているとチャイム音に反応することがなく安心してお昼寝ができます。
反対に防音室に赤ん坊を1人にすることは危険です。SOSの泣き声が聞こえないこともあります。育児に防音室を使う際は、必ず赤ちゃんカメラなどの様子を見れる防犯カメラをセットしておくことが必要です。
また防音室が虐待や犯罪に使われた例もゼロではありません。あくまでも親の精神的負担を軽減するものとして、用途を守り正しく使用することが必要です。
まとめ
防音室の活用方法について述べました。ステイホームなど家の中で過ごす時間が増えた結果、これまでにない防音室の使い方が増えています。
その結果、ストレスなく動かせる機器やインターネット回線など防音室に必要な物が増え、音楽の用途ほど遮音性が高くない新たな防音室が開発されています。
新たに引っ越す際など防音室付きの物件を検討することは、可能性を広げることになるのではないでしょうか。
執筆者プロフィール
田中 渚
音に関わる部屋を主に設計している建築事務所を主宰。音響設計会社に勤務し、レコーディングスタジオ、コンサートホールの設計に携わったのち、一級建築士事務所を設立。
音楽家の防音室、音楽室、音楽カフェ、演奏可能なマンション等を設計。
3歳よりピアノ、10歳よりチェロを始める。高校時代にコンサートホールでソロを弾き「こんな空間が作りたい!」と一路、建築家を目指す。東北大学卒業 建築専攻、神戸大学大学院修了 建築音響専攻。事務所併設の24時間防音されたショールームで「音楽とともに暮らす空間づくり」を自ら実践中。